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福岡高等裁判所 昭和36年(ラ)8号 決定

抗告人 太平住宅株式会社

主文

原決定を取消す。

本件を熊本地方裁判所に差戻す。

理由

本件抗告の理由は別紙「抗告の理由」並びに「抗告理由補充申立書」記載のとおりである。

ところで、当審も、任意競売手続においては競売法第三二条第二項により準用される民事訴訟法第六八七条により競落代金完済後の競落人は執行裁判所に対し競落不動産に対する債務者の占有を解いて自己えの引渡命令を申請しうること、引渡命令が競売事件の付随手続である性格上、右引渡命令の申請も競落代金完納後相当の期間内になされることを要するとの点については原審と見解を同じくするものである。

ただ原審は本件引渡命令が競落代金完納後一年六ケ月余を経過している一事を捉えて、遅延の原因を尋ねるまでもなく本件申立は期間を経過した不当のものであると判断しているが、相当期間を経過したか否かを判定するについては、競落人と占有者との引渡交渉の経緯、競落人が引渡命令を申請するにつき特段の支障がないのにこれを怠つていたか等主観的、客観的諸事情を考慮して決定すべきものと解する。

然るときは、抗告人が抗告理由で述べているような、本件競落許可決定確定後相手方(債務者)が民事一般調停の申立をなして本件家屋の引渡を阻んだか否か、又相手方が当時刑事事件に連座しかような時期に執行することが甚だ困難な事情にあつたか否か等諸般の事情についても、原審は審理を遂げた上で本件申立の適否を決定すべきであつたと思われる。

そこで本件申立の遅延の原因について審究することなく、期間経過の事実のみを捉えて本件申立を却下した原決定は不当であるから取消し、本件については更に審理の要ありと認めて原審に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判官 林善助 丹生義孝 岩崎光次)

抗告の理由

原裁判所は競落許可決定の確定をまつて同年四月二十日競落代金を完納したが、同三五年一一月一六日に至り本件引渡命令の申立を為しその間一年六ケ月余を経過しておるのは引渡命令たるものが、競売裁判所が競売手続の付随的な手続として簡易に処理するに適当なるものとして制定されたるに鑑み、申立の時期に於て遅滞しておるから許可すると謂うに在るが右は競落許可決定確定後相手方は民事一般調停事件を申立て、その引渡をはゞみ且又申立人に於て引渡を強行する斗あらんか生かしてはおかぬと生命の危険を覚えしめる強迫を受け本日迄止むを得ず待機して来たもので抗告人の遅滞したと云う理由にはならないものである。

夫れにも不拘本申立を却下する決定を為したのは甚だ不当であるので本抗告に及ぶ。

抗告理由補充申立書

一、原審が右申立を却下するに際し「……引渡命令は、競売裁判所が競売手続の付随的な手続きとして簡易に処理するに適当なものとして制定されていることにかんがみれば引渡命令申立の時期の点に於ても……代金完納後相当の期間内に申立てることを要するものと解される」とし、本件の如く代金完納後、一年六月余を経過したものに対しては遅滞の原因をたずねるまでもなく、期間経過後の申立として許されないものと理由づけている、然し乍ら右引渡命令制定の制度の趣旨を原決定の如く解したとしても、このことから相当期間の制限を解釈上導き出し、該申請を却下しなければならない理由は全然ないものと信ずる。

即ち、

(1)  勿論引渡命令は公権力に基く、売買関係としてその当事者間に於て、その権利関係が疑いの余地なく確定されることに基き、付随的に、簡易に処理されんとするものであることは、首肯出来る然し乍ら、該競売に基く右の如き関係は少くとも当事者間に於ては、特別の変動がない限り、経続せられるものであり、これに対し一定期間の制限を解釈上導き出して劃一的に処理せんとする必要もなく、又条文上の根拠も全く存在しない。

(2)  若し被申立人の該不動産に対する占有関係に於て、他に変動が発生していることを慮つて引渡命令を拒否するものとせば、かゝる変動の可能性は競落代金納入の直後に於ても、その変動は十二分に可能であり、時期的に之と差別をつけて考察しなければならぬ、合理的根拠を欠くものである。

かゝる変動が発生しているとすれば引渡命令の執行が現実に行なわれ得ない結果が招来されるに止まり、裁判所に於て、右命令を拒否すべき何等の理由もないものである。

(3)  若し引渡命令を発するにつき、何等かの時期的制約があるものとすれば当然条文上その規定が存在すべきであり、若しかゝる条文上の根拠もなく裁判所の判断に委ねられているとすれば果してどの時期迄にはこれを発することが可能であるかどの時点までが合理的であるか全くその判定の時期は区々になる可能性十分であり、かくては、競落人の民事訴訟法に定められた地位は殆んど危殆にひんするものである。

(4)  特に本件に於ては、被申立人が暴力的色彩を帯びている人物であることは、熊本地方裁判所に於ては、顕著な事実であり、被申立人が当時刑事々件に連座し、甚だしく窮地に立つており、かゝる時期に執行を行うものとすれば現実に如何なる事態が発生するかも知れないことから、一時執行を見合せたに止まり、現在に於てもその占有に何等の変動もないものである。

(5)  原審判断の如く解するものとすれば、先に引渡命令を得て、その執行を見合せて、現在に至る場合と、現在に於て引渡命令を申請するものとの間に甚だしく、均衡を失する結果になると共に今更引渡の裁判を提起するに於ては、判決確定までいかなる変動が生じ得るかも計り知れず現状変更禁止の仮処分の必要等幾多の経費及び時期的損失が考えられ、申立人の犠牲は計り知られないものがある。

いずれにしても、原審決定は、その合理的根拠を欠き、破毀せらるべきものと信ずるものである。

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